月下星群 〜孤高の昴

    “堤防のある海辺”

       *原作のネタバレを多少ほど含む作品です。
        コミクス派アニメ派の方々は自己判断でお読み下さい。
  


まるで絵葉書のモチーフにでもなりそうなほど、
ムラのない濃密な青の満たされた空の下、
さして荒れない波がたゆたう静かな海が広がっている風景に。
そんな自然の大屏風と人々の暮らす世界との境界線とするかのような、
結構な年期の入った石造りの堤防が伸びていて。
こんな穏やかな海に必要だろうか、
湾内は浅瀬が連なるので、外海から来た船への桟橋の代わり…にしては、
浜辺側には人の気配もないようであり。
小さな家々が肩を寄せ合うよう連なっている集落がぽちりとある程度。
陸へともう少し上がってゆけば、それなりの里や町もあるのかも知れぬが、
海との接点である“此処”には、大きな船を迎える施設が無さ過ぎるので。
昔はどうあれ、今は随分と鄙びた土地であるらしく。

 「………。」

乾いた石の白の上、すすけた灰色も滲む堤防には、
少年が一人竿を手に腰掛けており。
凪の時間を狙うというセオリーからは外れた時間帯だが、
いいお日和の中、そよぐ潮風が髪を梳いてくれもして、
のんびりと刻を過ごすには、なかなかに爽快なことだろう。
さほどあれこれと凝ってはない、釣竿と浮きといい、
魚籠
(びく)の代わりの古バケツを傍らに据えての態勢といい、
釣りが生業というほどでもないようで。
まだ幼い若々しさを居残したそれに違いない、
頬もすべらかなお顔、半分ほどを帽子の陰で塗り隠し。
海面へむけて下ろした足をぶらぶらと揺らし、
時折思い出したように細い肩をひょくひょくと動かすその頭上、
どこへゆくのかカモメが一羽、声もないまますべりゆき。
微妙に後からという間合いにて、漆黒の陰が少年をなめて駆け抜ける。

 「…お。」

そんな明暗の襲来には、さすがにハッとしたものか。
そのお顔をちらと上げた彼だったが、
なんだカモメかと見たそのまま、視線は波間へ戻されており。
何事もなかったと処したそんな態度へは、

 「おいおい、何だなんだ。」
 「俺らの姿は見えちゃあないか?」

一応は長さのある波除けの堤防。
その陸側から えっちらおっちらとやって来ていた一行がある。
先頭の数人のお顔は分かる程度の間近になっていたにもかかわらず、
カモメこそ見上げたくせにこっちは向かぬ、
少年のそんな態度へ“おいおいおい”と、
いかにもな もの申すをしてきた一団だったけれど、

 「何だ、俺に用でもあんのかい?」

通りすがりかと思ったとでも言いたいか、
それはあっけらかんとした声で応じたこちら様。
顔こそ、今度こそはそちらへも向けたが、
手は釣竿から離さずだし、少々行儀の悪い大股開きという格好も変えぬまま。
サッシュを巻いた半端な丈のズボンに、
どこかふわんと軽い生地のシャツがまた、
リゾートで息抜き中ですと言わんばかりの装いだったし。
よくよく見回せば柄の悪そうな、
しかも剣だの蛮刀だのを腰から提げた連中を前にして、
こちらに向いたお顔の幼さ、あっけらかんと笑う屈託のなさが、
どれほど世間知らずな小僧かという感触を、賊らへも伝えていて。

 「おうよ。用ってほどでもねぇんだがな。」

年端も行かぬ小僧だろうに、
こんな無頼の集団を前に少しも怯えないのは、きっと。
危機感迫る現状が、きっちり分かっていない馬鹿だからだろと、
そんな勝手な判断下したらしい、ヤクザな面々。
吹けば飛びそうな小童っぱ相手に、
それでもいきなりがなり立てずの、まずはと穏便な声掛けを仕掛けたのは、

 「お前、沖に停泊してる海賊船のクルーじゃねぇのか?」

此処はグランドラインでも有数の難所、
レッドラインをすぐ眼前に控えた“新世界”の入り口にあたる海域であり。
海自体は穏やかだが、
海賊にしてみりゃあ海軍本部のある聖地の真ん前とあって、
さて、ここからをどうするかという大きな選択に迫られる処。
船をコーティングし、深海にあるという航路を通ることを選ぶか、
どこの世界にもいる“闇の顔役”に、金を積むか恩を売り、
地上を秘密裏に通過して、大陸の向こうで新しい船で再出発するか。
はたまた……この先への進行を諦めるか。
そんな選択を迫られるという状況下で、
どう焦るかどう慌てふためくか判らぬ海賊らのとばっちりを受けかねぬ、
一般の船や住人にすりゃ、これ以上の難所はないのかも知れず。
ただまあ、そんな海域なのは海軍も承知だ。
よって警戒の巡回も頻繁であり、
特にシャボンディ諸島からやってくる船へはことごとくマークが着くので、
とばっちりの八つ当たりをする、
そんな余裕のある海賊は滅多にない…はずだったのだが。

 「こんなところで一時停船とはまた、豪気なこったな。」
 「何か? 補給が足りんかったか?」
 「お前は留守番なのか? 何なら俺らが番を代わってやろうか。」

沖合に遠く見えている船影は、相当な距離があるのにと思えば結構な大きさだ。
商船ならばこんな中途半端な所に泊まりはしない、
水や燃料が足りぬだの、病人が出たなどという、
よんどころのない事情からの停船ならば、もっと近寄って停泊しよう。
それが出来ぬということは、
帆に描かれたドクロマークも真性の、海賊一味の船に違いなく。
だからだろうか、

 「ああ、荷の補給だ。
  俺は留守番にも慣れってから、そんな申し出は断るよ。」

ひょろりとした少年の口調はあくまでも快活で。
こちらを見やっているのだ、頭数だって把握していように、
十数人はいる武骨な手勢らを、
張りぼてでも眺めるように、視線さえ止めずの流し見ただけ。
怯えるどころか、けろりとした雰囲気も崩さないのは、
自分のところのクルーたちのほうが柄が悪いとでも言いたいか。

  それとも

 「……兄ちゃんよ、あんた賞金首じゃねぇのか?」

一番先頭に立っていた、
悪目立ちするほど背丈の低い男が、しゃがれた声で訊いて来て。
それへ周囲の面々も口元をニヤリと歪ませる。
微妙に空気が変わったようで、
彼らを取り巻く潮風の音が、妙に冴えて聞こえ出したが、

 「さぁてどうかな。」

少年の態度には変化もない。
寄せくる波に躍らされ、ゆらゆら揺れる浮きの様子を眺めやり、
かと言って、何がなんでも何か釣りたいと集中している風でもなくと、
取り留めのない、のんびりゆったりした空気のままに座っており。
そんな彼の麦ワラ帽子が風を受け、縁をハタハタと泳がせるのを見つつ、

 「俺らが知らねぇと思ったか?」
 「麦ワラのルフィ。
  行方が知れぬ間に何をやったか、賞金額を上げたルーキーさんよっ。」

実物本人を見た海賊が、
驚き、信じられないと感じるのが、彼へかかった賞金の額で。

 「億単位だと? 随分と甘いバウンティだなぁっ!」

最初から判っていたか、それとも間近になって気がついたものか。
めいめいが得物の武器を抜き放ち、
逃がすものかと向こう側へも駆け出しての回り込み。
あっけらかんと晴れ渡った、のどかな海辺にはあまりに唐突な、
ギラギラした銀色も野暮で蛮な剣の林が、
誰からともなくの一斉に、頭上へと振り上げられたそのまんま、
潮風ごと。件の少年を刻み掛けたのだけれども。

  ―― とぷん、と

傍らにあったバケツの水が、小さな波紋を描いて静かに揺れた。
それへと気づいた者は、賊の中にはいなかったようだが、
それは、それどころじゃあない大きな衝撃が彼らに襲い掛かったからで。

  それは、さながら
  南洋に発して、船どころか島さえ粉砕するという化け物
  タイフーンともハリケーンとも呼ばれる、
  途轍もない大きな旋風の襲来が、

何の前触れもなく、
しかも眼前で呑気に座っていた小柄な少年を核にして、
突然巻き起こったものだから。

 「な…っ。」
 「悪魔の実の能力か?」
 「こいつのは、ゴムの力じゃなかったか?」

何人かは不意を突かれて吹っ飛んでゆき、
何とか踏ん張り、その場へ立っていられた面々が、
身動きひとつしないままな相手を怪訝そうに見やれば。


  「…こんなんでも一応は船長なんだぜ?」


低く響いて重々しい、
誰か男の声が、暴風の中を真っ直ぐ届き。
え?と呼吸や思考が一時的に止まった一同へ、


  ―――― 閃っ


目映さも一瞬の、鋭い銀線が一閃し。
何かに胴を叩かれ背中を叩かれした連中が、
抵抗も出来ずという有無をも言わさずな強引さ、
とんでもない力に足元からその身を攫われての、
次々に堤防から引き剥がされると、
遥か彼方な上空までを弾き飛ばされてしまってる。

 「な…っ。」

最初の突風に押し飛ばされたクチの雑魚たちが、
先に落ちた眼下の海から、
自分らの兄貴分たちの敢え無き最期を見送っておれば、

 「何だ、ゾロ。早かったな。」

うききと楽しげに笑いながら、少年が気安い声を掛けており。

 「もしかして迷子か?」
 「うっせぇな。//////」

そもそも、早いことがあるかいと。
何かしらからかわれての不貞腐れたお返事を返している青年が、
いつのまにやら、麦ワラの少年の傍らに、
腰の刀へ片肘を掛けてという格好で立っているではないか。

 “…ゾロ?”
 “ゾロって、まさかあの?”

あのひょろりとした少年船長が名を上げたのは、
悪魔の実の能力とそれから、
途轍もない腕した相棒を控えさせているからだと言われてもおり。

 「何だよ、迷子が偉そうにすんじゃねぇよ。」
 「しょうもないのに囲まれてて言うか、それ。」
 「別に何か構えんでも、覇気で何とでも出来たからな。」

へっへーと自慢げに微笑った麦ワラの少年は、だが、

 「そういうゾロこそ、止めさしてねぇじゃんよ。」

高々と舞い上がり、遥か沖合へ吹っ飛んでった一同を、
目の上へ庇のようにした小手をかざして見やりつつ、そうとも言い足していて。
まあ、せっかくの堤防が汚れっちまうのも何だけどと、
からり笑ってやっとのこと立ち上がる。
補給にという停泊なのは本当だけれど、
剣豪以外の面々は、別のルートから島へ上がっており、

 「こいつらが脅しすかしてた村の人らは、
  フランキーが蒸気で走る車とかいうの作ってやったから、
  隣り村までを無事に逃げてるってよ。」

こちらの海域へ差しかかりかかってたその手前。
飛び交うカモメたちからチョッパーが、
この数カ月ほど、平和だった島が妙なことになってるらしいとの、
鳥語での情報を先に得ていたものだから。
ログを溜めるまでもない途上のことではあるけれど、

 『……でも、アタシらの真後ろから追われても詰まらないわよね。』

海賊同士でも油断は禁物。
こっちのバウンティが高額なことへと目が眩み、
それを討ち取っての引っ提げて、
海軍へ下っ端に届けさせての一獲千金…なんてな愚行、
特に珍しい運びじゃあないとも聞くからねぇと。
深海なんてな初めての航路をゆく以上、
くっだらないものとの関わりは極力持ちたかないらしい、
麗しき航海士の発案で。
島でのオトリ、怪しい連中の眸を引く担当と、
村人らを解放する担当に分かれての行動と相成った彼らであり。

 「村ん中はどうだった?」
 「ああ、人っ子一人いなかった。
  こっちも海賊だからって警戒から、
  出て来れなかったって風な空気もなかったし。」

何も釣れちゃあいないバケツ、持ち上げると水を海面へザバリと捨てて。
だったらいいやと笑った彼の頭から、風に弾かれ外れた帽子。
飛ばされはぜず、背中へと落ちたのみなその下から、
まとまりの悪い黒髪が躍り出て、風になぶられ ふさはた躍る。
オトリと見回りだけなら俺だけで十分だったろによと、
剣豪殿がうそぶきつつも、こちらから視線を外さぬのを見遣り返して。

 「ロビンがな、船まで戻って来れないかも知れないからってさ。」
 「はあ?」
 「だから、船を着ける訳にもいかないが、
  なら尚更、ゾロはこっちの湾へも辿り着けずに、
  島中をさまよい歩き回りかねねぇって。
  でも、俺がいるとこへは目ぇ瞑ってでも来られるからって。」

 「う………。」

そんなところを把握されてんのかと、
頑迷そうな眉寄せ、
微妙に口ごもった、うら若き隻眼の剣豪だったものの、

 「何だかなぁ、ゾロにまで俺の行動ってばお見通しなんか?」
 「………はい?☆」

それって何か詰まんねぇのなと口許尖らせ、
何だか見当違いな解釈をしているらしい船長なのへ、
あれまあと、呆気に取られての……そのまま苦笑がこぼれるゾロであり。

 「何だよ。何かおかしいこと言ったか、俺。」
 「いんや。それよか戻ろうぜ。」

  帰ったら宴だ、宴vv ゾロの誕生日のお祝いだ…って。
  そっちじゃねぇぞ、ゾロ。海から真っ直ぐ帰るのは難儀だっての、と。

いきなり海へ向かって堤防を歩き始めかけた連れを、早速にも引き留めて。

  やっぱり迷子大王だよな、ゾロは。そういうとこは直ってねぇのかよ。
  うっせぇな。///// そういうことへは役割分担されてっからいいんだよ。

何とも気安い会話を続ける彼らが特に急ぎもせず立ち去った堤防は、
周辺に無様にも落ちていた下っ端の海賊らが、
恐ろしい剣豪に見つからぬようにと、自力で泳いで砂浜へ到達したそんな間合いに、

  突然、びき…ばききっという鈍い大音響を立てると

爆薬でも据えてあったかと思えたほどの破壊力にて、
大波を周辺へと蹴立てての大暴れ。
何だなんだと慌てる賊らが見守るその中で、
何とか…水しぶきや大波が収まってからの姿を見やれば。

  「うあ…。」
  「なんだ、こりゃ。」

堅固な石造りであったはずのその半分ほどが、
抉られたように粉砕されていたそうで。

  「やっぱ、おっかねぇ奴らだったんだ。」
  「ああ、賞金額に嘘はねぇ。」

がくブルと震える彼らは、幸か不幸か二度とまみえることも叶わなかった、
そんな変わり種な海賊らの、とある寄り道の一景。
カモメがサァッと風の中を縫って飛び、
人間たちの見せた滑稽なお芝居へ、見えない幕を引いたのだった。





   〜Fine〜  2010.11.17.


  *こんなエピソードが挟まる隙なんてないと言われそうですが、
   再会した彼らの相変わらずなところを触れたくて、つい。
   お誕生日ネタにしたのは、ちと強引でしたかね?
(苦笑)

   余談もいいとこですが、
   あのレイリーさんが随分と長いこと出てたそうなのが、
   アニメ派のおじさんスキーには、この先の唯一の励みです。
(うう)


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